
1978年~1982年、RCA YEARSにて
発売されたアナログ盤全5アイテムと
当時のライブ音源を中心に構成された
Special Bonus Discの
リマスター音源を
ヴァイナル・カッティング!
アナログ盤6枚組豪華限定
BOXセットにて発売!!
発売されたアナログ盤全5アイテムと
当時のライブ音源を中心に構成された
Special Bonus Discの
リマスター音源を
ヴァイナル・カッティング!
アナログ盤6枚組豪華限定
BOXセットにて発売!!
MOVIE
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竹内まりや - RCA YEARS Vinyl Box Collection アナログ盤BOX 開封動画
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竹内まりや - RCA YEARS Vinyl Box Collection Teaser
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竹内まりや - RCA YEARS Vinyl Box Collection Introduction Video

RCA YEARS Vinyl Box Collection RCA YEARS Vinyl Box Collection
Takeuchi Mariya Takeuchi Mariya Takeuchi Mariya Takeuchi Mariya Takeuchi Mariya Takeuchi Mariya Takeuchi Mariya Takeuchi Mariya
RCA YEARS Vinyl Box Collection RCA YEARS Vinyl Box Collection

【完全生産限定盤】
2025年 最新リマスター & カッティング
RCA時代のライブ音源を収録したSpecial Bonus Disc含むLP6枚組
各180g重量盤、くるみ三方背BOX、紙ジャケ、解説文、内袋・ポスター・フォトカード復刻封入
2025年 最新リマスター & カッティング
RCA時代のライブ音源を収録したSpecial Bonus Disc含むLP6枚組
各180g重量盤、くるみ三方背BOX、紙ジャケ、解説文、内袋・ポスター・フォトカード復刻封入
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価格
- 19,800円(税込)
-
収録
- 完全生産限定盤/LP6枚組/BVJL 110~115
- ・「BEGINNING」BVJL 110
- ・「UNIVERSITY STREET」BVJL 111
- ・「LOVE SONGS」BVJL 112
- ・「MISS M」BVJL 113
- ・「Portrait」BVJL 114
- ・「Special Bonus Disc」BVJL 115
BOX中身のご紹介はこちら
Disc1~Disc5には能地祐子さん執筆、
各アルバムの解説文封入!
さらに今回、デビュー45周年を経て、
デビュー当時のRCAアナログ盤の復刻、
プラスティック・ラヴの世界的なヒット~
2024年Precious Days大ヒットの
流れを記載いただいた
新たな解説文を当サイトにて独占公開!
各アルバムの解説文封入!
さらに今回、デビュー45周年を経て、
デビュー当時のRCAアナログ盤の復刻、
プラスティック・ラヴの世界的なヒット~
2024年Precious Days大ヒットの
流れを記載いただいた
新たな解説文を当サイトにて独占公開!
能地祐子さん新たな解説文はこちら
竹内まりやをひとことで語るのはむずかしい。
みんな彼女を知っている。きっと誰もが、自分の“人生のサウンドトラック”にまりやさんの曲をいくつかしのばせているはず。けれど、竹内まりやとはどんなアーティストなのか、それを音楽的にひとことで説明できる人は…? たぶん、いない。とてもむずかしい。いつ、どこで彼女の歌声に出会ったかによって、その印象は人それぞれまるで違うはずだから。
デビュー当時、キュートなキャンパス・ポップを軽やかに歌うシンガーとしてのまりやさんに胸ときめかせた人もいるだろう。1990年代、彼女自らが紡いだドラマティックなラヴ・ソングに魅了され、稀代のストーリーテラーというイメージを抱くようになった人もいるだろう。年齢を重ねるなか、“いのち”をテーマに据えた近年のまりや作品に触れ、まるで日々の暮らしを応援してくれる友人からのメッセージのように受け止めた人もいるに違いない。
そしてもちろん、世界的シティ・ポップ・ブームのアンセムとなった「プラスティック・ラヴ」をきっかけに、1980年代のキレッキレなまりやグルーヴを“再発見”した若い世代も多いはず。長いパンデミック期を経たころ、「おつかれ生です」というキャッチコピーとともにテレビCMから流れてきた「元気を出して」の歌声にほっと心を癒やされた方も少なくないだろう。
いや。だからといって、まりやさんが時代の流行をめざとく追いかける何でもありのインフルエンサーだとか、そういうわけではない。前述したそれら多彩な切り口のどれもが、むしろ時を超越した、まさに“竹内まりや”としか表現しようのないエヴァーグリーンな世界観に貫かれているのだから。素晴らしい表現者だなと改めて思う。
そんなまりやさんの“はじまりの時期”を記録した初期オリジナル・アルバム5作に、当時のライブ音源を中心に構成されたSpecial Bonus Discを加えたアナログLP6枚組限定ボックスセット『Mariya Takeuchi RCA YEARS Vinyl Box Collection』と、“今”を記録した最新オリジナル・アルバム『Precious Days』に近年のライヴ音源を収録したボーナス・ディスクを追加した“souvenir edition”がそれぞれ、この3月から4月にかけて相次いでリリースされる。これを機会に彼女の歩みを改めて振り返ってみたい。
はじまりは1970年代だ。幼いころから歌うことが大好きだったまりやさんは、73年に入学した慶應大学で音楽サークル「リアル・マッコイズ」に入部。音楽好きな仲間たちに囲まれながら、ロック、ポップスのみならず、ジャズやスタンダードなど幅広いジャンルの音楽に触れるようになった。サークルの先輩、杉真理のライヴではバック・コーラスも担当。その様子が音楽関係者の目にとまり、1978年、オムニバス・アルバム『LOFT SESSIONS VOL.1』への参加が決まった。それをきっかけにソロ・デビューも決定。同年11月にシングル「戻っておいで・私の時間」とアルバム『BEGINNING』でプロのアーティストとしての第一歩を踏み出した。
今ではシンガー・ソングライターとして自作曲を中心にアルバム作りを続けるまりやさんだが、デビュー時の立ち位置はあくまでもシンガー。アルバム『BEGINNING』では加藤和彦、安井かずみ、竜真知子、有馬三恵子、松山猛、山下達郎、大貫妙子、細野晴臣、高橋幸宏、林哲司といったソングライターたちの楽曲をのびのび、キュートに歌い綴っていた。サークルの先輩、杉真理も2曲の作曲を手がけていた。 演奏陣も豪華だった。アルバム前半、アナログLPで言えばA面がロサンゼルス録音。名アレンジャー/ソングライターのアル・キャップスを中心に、リー・リトナー、ジム・ケルトナー、マイク・ポーカロ、ジョン・ホブス、トム・スコットら腕ききたちが名を連ねていた。B面は日本録音。当時、時代の最先端を行くポップ・ミュージック・フォーマットのひとつだった米西海岸系カントリー・ロックを演奏させたら右に出る者なしのセンチメンタル・シティ・ロマンスがバックアップしていた。プロ仕事の極致とも言うべき米国録音サイドと、気の合う音楽仲間とのリラックスした合宿のような形で制作された日本録音サイド。デビュー作ながら音的にも環境的にも魅力的な振り幅を聴かせる1枚だった。
そんなアルバムを締めくくっていたのは、これまで自分を育んでくれた音楽への感謝を込めた「すてきなヒットソング」。まりやさんが初めて自ら作詞作曲に挑んだ、つまりシンガー・ソングライターとしてのはじまりの歌だった。
デビュー作発売からわずか半年後の1979年5月、セカンド『UNIVERSITY STREET』がリリースされた。少し先駆けて2枚目のシングル「ドリーム・オブ・ユー 〜レモンライムの青い風〜」がヒットしたことにも後押しされ、前作以上の注目を集めた1枚だった。ジャケットの撮影は当時通っていた慶應大学構内で。アルバム・タイトルともあいまって、竹内まりや初期のキャンパス・ポップ・クイーン的なイメージを決定づけた。
もちろんキャンパス・ポップというのはあくまでもある種のムード。けっして明確な音楽ジャンルを特定する言葉ではない。が、歌謡曲とも違う、アイドル・ポップスとも違う、当時“ニュー・ミュージック”と総称されていたロック/フォーク系シンガー・ソングライターの音楽ともどこか違う、あるいはそのすべてを包括するかのような、そんなバラエティに富んだポップ音楽。それをまりやさんはこのセカンド・アルバムで鮮やかに提示した。引き続き、加藤和彦、山下達郎、大貫妙子、林哲司、杉真理らが楽曲提供。前作以上に広い音楽性が提示されていたが、ともすればただただ幕の内弁当的になってしまいそうな局面を、まりやさんは持ち前の深く豊かなアルト・ヴォーカルと、フレッシュな歌心でひとつにまとめあげてみせた。幅広い音楽性の下、曲ごとにさまざまな主人公になりながら物語を伝えるバラエティ感。やがて80年代以降、本格的に開花することになる彼女の魅力は、この時期の諸作を通じて身につけられたものなのだろう。
本人の自作曲もちょっとだけ増えた。オープニングを飾る「オン・ザ・ユニヴァーシティ・ストリート」と、続く「涙のワンサイデッド・ラヴ」。冒頭2曲が竹内まりや作詞作曲。特に後者は彼女の看板のひとつ、いわゆる“ハチロク(8分の6拍子)バラード”の傑作だった。編曲と演奏ほぼすべてを山下達郎が手がけたのも見逃せないポイント。山下によって自分の曲がアレンジされ、磨き上げられ、素晴らしい仕上がりへと導かれてゆくのを目の当たりにしながら、もっと自分でも曲を書いていきたいという意欲が彼女の中で生まれていった。
1979年夏にはシングル「SEPTEMBER」がヒット。さらに、1980年2月には「不思議なピーチパイ」が大きなCMタイアップの助けもあって自身初のトップ10ヒットを記録した。前者はファースト・アルバムのオープニング・ナンバー「グッドバイ・サマーブリーズ」を作曲していた林哲司作品。後者はシングル1作目、2作目の作曲を手がけた加藤和彦作品。デビュー以来のコラボレーションがここにきてついに実を結んだ。 ヒットを受けてテレビにも多数出演。当時、日本の音楽シーンにおいて徐々に存在感を増しつつあったニュー・ミュージック界と、昔ながらの歌謡ポップス界との狭間で、意図せずアイドル的なスタンスを担わされることにもなったが、そんななかでも大物芸能人たちを相手に物おじせず人懐こいキャラクターを発揮し、多方面からさらなる支持を獲得していった。
そんなヒット2曲を含むアルバムとして1980年3月にリリースされ、ついに自身初のアルバム・チャート1位に輝いたのが『LOVE SONGS』だ。全11曲中5曲がロサンゼルス録音。ソウル・シーン最強のアレンジャーとして名を馳せたジーン・ペイジの下、リー・スクラー、デヴィッド・ベノワ、ジェリー・シェフ、ラリー・ネクテル、チャック・フィンドレイら豪華なセッションマンたちが的確な仕事を聴かせた。作家陣も相変わらず多彩。林哲司、竜真知子、山下達郎、大貫妙子、杉真理、安部恭弘らに加え、松本隆が4曲に歌詞を提供していたのも新味だった。まりやさん自身、山下達郎作の「さよならの夜明け」に歌詞をつけた他、3曲を自ら作詞作曲。デビューしてからのさまざまな出会いと経験に触発されながら、彼女のシンガー・ソングライターとしてのクリエイティヴィティは着々と醸造されつつあった。自信もついた。本来ならばここからシンガー・ソングライターとしての本領発揮! となってもよかったのだが、大ブレイクは諸刃の剣。多忙なスケジュールに追われるなか、過労から喉を痛め入院。数日間の短い入院ではあったが、今後の音楽活動/芸能活動について改めて見つめ直すいいきっかけになったという。
それだけに次なるアルバム、1980年12月リリースの『MISS M』は冒険心に満ちた1枚となった。意図せず担わされたアイドル的イメージや、新たなヒット・シングルを期待する周囲からのプレッシャー、グラビア撮影やテレビ出演など多様な仕事をこなさなければならない多忙さといった雑念もろもろをここでいったん払拭。今、自分がやりたい音に集中してみせた。
アナログLPのA面はロサンゼルス録音の“L.A.サイド”だ。凄腕AORユニット“エアプレイ”結成直後のデヴィッド・フォスターとジェイ・グレイドンに加え、ジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ルカサー、デヴィッド・ハンゲイトらTOTOのメンバーが参加。シングル・カットされたピーター・アレン&デヴィッド・ラズリー作の「Sweetest Music」ほか、充実した作品群を最先端の米西海岸サウンドでバックアップした。やがて80年代半以降、日本人ミュージシャンが頻繁に海外レコーディングするようになるが、参加ミュージシャンの人選も含め『MISS M』で繰り広げられた試行錯誤は明らかにその先駆け。デビュー以来ほぼ毎作、当時まだ珍しかったロサンゼルス・レコーディングを続けてきたまりやさんが達成したひとつの成果だった。アナログLPのB面は“Tokyoサイド”。全4曲とも、まりやさんが曲作りに絡んでいた。アルバムに先駆けてシングル・リリースされていた「二人のバカンス」だけは林哲司作曲だったが、残る3曲はすべて竹内まりや作詞作曲。ポップなシングル曲からメロウなもの、ジャジーなもの、ドラマチックな王道バラードまで、A面とはひと味違うエヴァーグリーンな音作りが魅力的だった。
ちなみに、『MISS M』の制作にとりかかる前、まりやさんは初めて他シンガーへの楽曲を書き下ろした。それがアン・ルイスの「リンダ」。そのレコーディングの際、アレンジを手がけた山下達郎との交際が正式に始まり、『MISS M』制作時には結婚を心に決めていたという。結婚していったん活動をリセットしたい。それを前提に取り組んだのが『MISS M』であり、1981年10月にリリースされたRCA期最後のオリジナル・アルバム『PORTRAIT』だった。
『PORTRAIT』では自身が曲作りに関わった作品が一気に増えた。作詞作曲、両方を手がけたものが4曲、山下達郎、伊藤銀次、林哲司、安部恭弘らのメロディに歌詞をつけたものが5曲。シングル曲に限ってみても、半年ほど先駆けてリリースずみだった「イチゴの誘惑」だけは松本隆&林哲司作品だったが、続く「Special Delivery 〜特別航空便〜」と「Natalie」の2枚はどちらも竹内まりや作詞作曲。アルバムのプロデューサー・クレジットにも初めて本人が名を連ねた。このアルバムを最後にまりやさんは活動の一時休止を宣言。休養期に入ってゆくことになる。
1982年4月、山下達郎と結婚。以降、家庭を優先する生活に入ったためライヴ活動からは遠ざかり、メディアへの露出も激減した。が、ソングライターとしての活動はここから本格化。河合奈保子、伊藤つかさ、堀ちえみ、増田けい子、岡田有希子、薬師丸ひろ子らに着実なペースで楽曲提供を行っていった。そして1984年4月、アルファ・ムーン・レコードへと移籍。全曲自ら作詞作曲したアルバム『VARIETY』でパフォーマーとしての活動を再開した。多くのファンが復帰を心待ちにしていたこともあり、『VARIETY』は見事アルバム・チャートで初登場1位に。シンガー・ソングライター竹内まりやの再出発を祝った。
以降の活動はおなじみだろう。ゆったりとしたペースではあるが、『REQUEST』(1987年)、『Quiet Life』(1992)、『Bon Appetit!』(2001年)、『Denim』(2007年)、『TRAD』(2014年)など充実したオリジナル・アルバム群を山下達郎のプロデュースの下で発表。すべてアルバム・チャート1位に送り込んでいる。さらに、『Impressions』(1994年)、『Expressions』(2008年)、『Turntable』(2019年)という3作のベスト盤も、カヴァー・アルバム『Longtime Favorites』(2003年)も、軒並み1位に輝くベストセラーを記録。さらには冒頭でも触れたように、折りからのシティ・ポップ・ブームの中、活動再開アルバム『VARIETY』に収録されていた「プラスティック・ラヴ」が再評価され、CMソングとして「元気を出して」の人気が再燃し…。
そんな新たな評価の気運が盛り上がるなか、2024年10月、オリジナル・アルバムとしては10年ぶりとなる最新作『Precious Days』をリリース。これももちろん1位に輝いた。リリースに合わせて、4月15日からは全国8ヵ所14公演という、結婚後としてはもっとも大規模なコンサート・ツアーも予定されている。それを記念して4月には前述した通り近年のライヴ音源を収録したボーナス・ディスク付きの2枚組『Precious Days〜souvenir edition』もリリースされる。
最新アルバム『Precious Days』のラストを飾っていたのは、かつて日本でも放送されていたテレビ音楽番組『アンディ・ウィリアムス・ショー』のエンディング・テーマとして歌われていた佳曲「May Each Day」のカヴァーだった。まりやさんが英語で歌うその歌詞の内容は、1週間のうちの毎日がそれぞれいい日でありますように、ひと月のうちの毎日がいい日でありますように、週が月となり、月が年となり、そこには悲しみも喜びも笑いも涙もあるけれど、ただひとつ私が神さまに祈るのは、あなたの毎日が愛にあふれた素敵な日でありますように、ということだけ…。
思えば、竹内まりやがデビュー以来これまで届け続けてくれた世界観は、この「May Each Day」の歌詞とすべて重なる気がする。日々のふとした瞬間に潜むなんでもないような光景や出来事の中に、しかし実はいろいろなメッセージがあって。それによって毎日がスペシャルな、プレシャスな、かけがえのないものになる、と。「May Each Day」のカヴァーは、そんなまりやさんによる素敵なルーツ表明だったのではないか。そして、そんなさりげない思いこそが、誰にもひとことで説明できないまりやさんの多彩さ、多様さを、根底でひとつにつなぐ大切なコンセプトなのではないか。そんな気がする。
デビュー45周年を超えた今なお、竹内まりやは何ひとつ変わらず、ブレることもなく、私たちにエヴァーグリーンな魅力を届け続けてくれている。
2025年2月 能地祐子
みんな彼女を知っている。きっと誰もが、自分の“人生のサウンドトラック”にまりやさんの曲をいくつかしのばせているはず。けれど、竹内まりやとはどんなアーティストなのか、それを音楽的にひとことで説明できる人は…? たぶん、いない。とてもむずかしい。いつ、どこで彼女の歌声に出会ったかによって、その印象は人それぞれまるで違うはずだから。
デビュー当時、キュートなキャンパス・ポップを軽やかに歌うシンガーとしてのまりやさんに胸ときめかせた人もいるだろう。1990年代、彼女自らが紡いだドラマティックなラヴ・ソングに魅了され、稀代のストーリーテラーというイメージを抱くようになった人もいるだろう。年齢を重ねるなか、“いのち”をテーマに据えた近年のまりや作品に触れ、まるで日々の暮らしを応援してくれる友人からのメッセージのように受け止めた人もいるに違いない。
そしてもちろん、世界的シティ・ポップ・ブームのアンセムとなった「プラスティック・ラヴ」をきっかけに、1980年代のキレッキレなまりやグルーヴを“再発見”した若い世代も多いはず。長いパンデミック期を経たころ、「おつかれ生です」というキャッチコピーとともにテレビCMから流れてきた「元気を出して」の歌声にほっと心を癒やされた方も少なくないだろう。
いや。だからといって、まりやさんが時代の流行をめざとく追いかける何でもありのインフルエンサーだとか、そういうわけではない。前述したそれら多彩な切り口のどれもが、むしろ時を超越した、まさに“竹内まりや”としか表現しようのないエヴァーグリーンな世界観に貫かれているのだから。素晴らしい表現者だなと改めて思う。
そんなまりやさんの“はじまりの時期”を記録した初期オリジナル・アルバム5作に、当時のライブ音源を中心に構成されたSpecial Bonus Discを加えたアナログLP6枚組限定ボックスセット『Mariya Takeuchi RCA YEARS Vinyl Box Collection』と、“今”を記録した最新オリジナル・アルバム『Precious Days』に近年のライヴ音源を収録したボーナス・ディスクを追加した“souvenir edition”がそれぞれ、この3月から4月にかけて相次いでリリースされる。これを機会に彼女の歩みを改めて振り返ってみたい。
はじまりは1970年代だ。幼いころから歌うことが大好きだったまりやさんは、73年に入学した慶應大学で音楽サークル「リアル・マッコイズ」に入部。音楽好きな仲間たちに囲まれながら、ロック、ポップスのみならず、ジャズやスタンダードなど幅広いジャンルの音楽に触れるようになった。サークルの先輩、杉真理のライヴではバック・コーラスも担当。その様子が音楽関係者の目にとまり、1978年、オムニバス・アルバム『LOFT SESSIONS VOL.1』への参加が決まった。それをきっかけにソロ・デビューも決定。同年11月にシングル「戻っておいで・私の時間」とアルバム『BEGINNING』でプロのアーティストとしての第一歩を踏み出した。
今ではシンガー・ソングライターとして自作曲を中心にアルバム作りを続けるまりやさんだが、デビュー時の立ち位置はあくまでもシンガー。アルバム『BEGINNING』では加藤和彦、安井かずみ、竜真知子、有馬三恵子、松山猛、山下達郎、大貫妙子、細野晴臣、高橋幸宏、林哲司といったソングライターたちの楽曲をのびのび、キュートに歌い綴っていた。サークルの先輩、杉真理も2曲の作曲を手がけていた。 演奏陣も豪華だった。アルバム前半、アナログLPで言えばA面がロサンゼルス録音。名アレンジャー/ソングライターのアル・キャップスを中心に、リー・リトナー、ジム・ケルトナー、マイク・ポーカロ、ジョン・ホブス、トム・スコットら腕ききたちが名を連ねていた。B面は日本録音。当時、時代の最先端を行くポップ・ミュージック・フォーマットのひとつだった米西海岸系カントリー・ロックを演奏させたら右に出る者なしのセンチメンタル・シティ・ロマンスがバックアップしていた。プロ仕事の極致とも言うべき米国録音サイドと、気の合う音楽仲間とのリラックスした合宿のような形で制作された日本録音サイド。デビュー作ながら音的にも環境的にも魅力的な振り幅を聴かせる1枚だった。
そんなアルバムを締めくくっていたのは、これまで自分を育んでくれた音楽への感謝を込めた「すてきなヒットソング」。まりやさんが初めて自ら作詞作曲に挑んだ、つまりシンガー・ソングライターとしてのはじまりの歌だった。
デビュー作発売からわずか半年後の1979年5月、セカンド『UNIVERSITY STREET』がリリースされた。少し先駆けて2枚目のシングル「ドリーム・オブ・ユー 〜レモンライムの青い風〜」がヒットしたことにも後押しされ、前作以上の注目を集めた1枚だった。ジャケットの撮影は当時通っていた慶應大学構内で。アルバム・タイトルともあいまって、竹内まりや初期のキャンパス・ポップ・クイーン的なイメージを決定づけた。
もちろんキャンパス・ポップというのはあくまでもある種のムード。けっして明確な音楽ジャンルを特定する言葉ではない。が、歌謡曲とも違う、アイドル・ポップスとも違う、当時“ニュー・ミュージック”と総称されていたロック/フォーク系シンガー・ソングライターの音楽ともどこか違う、あるいはそのすべてを包括するかのような、そんなバラエティに富んだポップ音楽。それをまりやさんはこのセカンド・アルバムで鮮やかに提示した。引き続き、加藤和彦、山下達郎、大貫妙子、林哲司、杉真理らが楽曲提供。前作以上に広い音楽性が提示されていたが、ともすればただただ幕の内弁当的になってしまいそうな局面を、まりやさんは持ち前の深く豊かなアルト・ヴォーカルと、フレッシュな歌心でひとつにまとめあげてみせた。幅広い音楽性の下、曲ごとにさまざまな主人公になりながら物語を伝えるバラエティ感。やがて80年代以降、本格的に開花することになる彼女の魅力は、この時期の諸作を通じて身につけられたものなのだろう。
本人の自作曲もちょっとだけ増えた。オープニングを飾る「オン・ザ・ユニヴァーシティ・ストリート」と、続く「涙のワンサイデッド・ラヴ」。冒頭2曲が竹内まりや作詞作曲。特に後者は彼女の看板のひとつ、いわゆる“ハチロク(8分の6拍子)バラード”の傑作だった。編曲と演奏ほぼすべてを山下達郎が手がけたのも見逃せないポイント。山下によって自分の曲がアレンジされ、磨き上げられ、素晴らしい仕上がりへと導かれてゆくのを目の当たりにしながら、もっと自分でも曲を書いていきたいという意欲が彼女の中で生まれていった。
1979年夏にはシングル「SEPTEMBER」がヒット。さらに、1980年2月には「不思議なピーチパイ」が大きなCMタイアップの助けもあって自身初のトップ10ヒットを記録した。前者はファースト・アルバムのオープニング・ナンバー「グッドバイ・サマーブリーズ」を作曲していた林哲司作品。後者はシングル1作目、2作目の作曲を手がけた加藤和彦作品。デビュー以来のコラボレーションがここにきてついに実を結んだ。 ヒットを受けてテレビにも多数出演。当時、日本の音楽シーンにおいて徐々に存在感を増しつつあったニュー・ミュージック界と、昔ながらの歌謡ポップス界との狭間で、意図せずアイドル的なスタンスを担わされることにもなったが、そんななかでも大物芸能人たちを相手に物おじせず人懐こいキャラクターを発揮し、多方面からさらなる支持を獲得していった。
そんなヒット2曲を含むアルバムとして1980年3月にリリースされ、ついに自身初のアルバム・チャート1位に輝いたのが『LOVE SONGS』だ。全11曲中5曲がロサンゼルス録音。ソウル・シーン最強のアレンジャーとして名を馳せたジーン・ペイジの下、リー・スクラー、デヴィッド・ベノワ、ジェリー・シェフ、ラリー・ネクテル、チャック・フィンドレイら豪華なセッションマンたちが的確な仕事を聴かせた。作家陣も相変わらず多彩。林哲司、竜真知子、山下達郎、大貫妙子、杉真理、安部恭弘らに加え、松本隆が4曲に歌詞を提供していたのも新味だった。まりやさん自身、山下達郎作の「さよならの夜明け」に歌詞をつけた他、3曲を自ら作詞作曲。デビューしてからのさまざまな出会いと経験に触発されながら、彼女のシンガー・ソングライターとしてのクリエイティヴィティは着々と醸造されつつあった。自信もついた。本来ならばここからシンガー・ソングライターとしての本領発揮! となってもよかったのだが、大ブレイクは諸刃の剣。多忙なスケジュールに追われるなか、過労から喉を痛め入院。数日間の短い入院ではあったが、今後の音楽活動/芸能活動について改めて見つめ直すいいきっかけになったという。
それだけに次なるアルバム、1980年12月リリースの『MISS M』は冒険心に満ちた1枚となった。意図せず担わされたアイドル的イメージや、新たなヒット・シングルを期待する周囲からのプレッシャー、グラビア撮影やテレビ出演など多様な仕事をこなさなければならない多忙さといった雑念もろもろをここでいったん払拭。今、自分がやりたい音に集中してみせた。
アナログLPのA面はロサンゼルス録音の“L.A.サイド”だ。凄腕AORユニット“エアプレイ”結成直後のデヴィッド・フォスターとジェイ・グレイドンに加え、ジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ルカサー、デヴィッド・ハンゲイトらTOTOのメンバーが参加。シングル・カットされたピーター・アレン&デヴィッド・ラズリー作の「Sweetest Music」ほか、充実した作品群を最先端の米西海岸サウンドでバックアップした。やがて80年代半以降、日本人ミュージシャンが頻繁に海外レコーディングするようになるが、参加ミュージシャンの人選も含め『MISS M』で繰り広げられた試行錯誤は明らかにその先駆け。デビュー以来ほぼ毎作、当時まだ珍しかったロサンゼルス・レコーディングを続けてきたまりやさんが達成したひとつの成果だった。アナログLPのB面は“Tokyoサイド”。全4曲とも、まりやさんが曲作りに絡んでいた。アルバムに先駆けてシングル・リリースされていた「二人のバカンス」だけは林哲司作曲だったが、残る3曲はすべて竹内まりや作詞作曲。ポップなシングル曲からメロウなもの、ジャジーなもの、ドラマチックな王道バラードまで、A面とはひと味違うエヴァーグリーンな音作りが魅力的だった。
ちなみに、『MISS M』の制作にとりかかる前、まりやさんは初めて他シンガーへの楽曲を書き下ろした。それがアン・ルイスの「リンダ」。そのレコーディングの際、アレンジを手がけた山下達郎との交際が正式に始まり、『MISS M』制作時には結婚を心に決めていたという。結婚していったん活動をリセットしたい。それを前提に取り組んだのが『MISS M』であり、1981年10月にリリースされたRCA期最後のオリジナル・アルバム『PORTRAIT』だった。
『PORTRAIT』では自身が曲作りに関わった作品が一気に増えた。作詞作曲、両方を手がけたものが4曲、山下達郎、伊藤銀次、林哲司、安部恭弘らのメロディに歌詞をつけたものが5曲。シングル曲に限ってみても、半年ほど先駆けてリリースずみだった「イチゴの誘惑」だけは松本隆&林哲司作品だったが、続く「Special Delivery 〜特別航空便〜」と「Natalie」の2枚はどちらも竹内まりや作詞作曲。アルバムのプロデューサー・クレジットにも初めて本人が名を連ねた。このアルバムを最後にまりやさんは活動の一時休止を宣言。休養期に入ってゆくことになる。
1982年4月、山下達郎と結婚。以降、家庭を優先する生活に入ったためライヴ活動からは遠ざかり、メディアへの露出も激減した。が、ソングライターとしての活動はここから本格化。河合奈保子、伊藤つかさ、堀ちえみ、増田けい子、岡田有希子、薬師丸ひろ子らに着実なペースで楽曲提供を行っていった。そして1984年4月、アルファ・ムーン・レコードへと移籍。全曲自ら作詞作曲したアルバム『VARIETY』でパフォーマーとしての活動を再開した。多くのファンが復帰を心待ちにしていたこともあり、『VARIETY』は見事アルバム・チャートで初登場1位に。シンガー・ソングライター竹内まりやの再出発を祝った。
以降の活動はおなじみだろう。ゆったりとしたペースではあるが、『REQUEST』(1987年)、『Quiet Life』(1992)、『Bon Appetit!』(2001年)、『Denim』(2007年)、『TRAD』(2014年)など充実したオリジナル・アルバム群を山下達郎のプロデュースの下で発表。すべてアルバム・チャート1位に送り込んでいる。さらに、『Impressions』(1994年)、『Expressions』(2008年)、『Turntable』(2019年)という3作のベスト盤も、カヴァー・アルバム『Longtime Favorites』(2003年)も、軒並み1位に輝くベストセラーを記録。さらには冒頭でも触れたように、折りからのシティ・ポップ・ブームの中、活動再開アルバム『VARIETY』に収録されていた「プラスティック・ラヴ」が再評価され、CMソングとして「元気を出して」の人気が再燃し…。
そんな新たな評価の気運が盛り上がるなか、2024年10月、オリジナル・アルバムとしては10年ぶりとなる最新作『Precious Days』をリリース。これももちろん1位に輝いた。リリースに合わせて、4月15日からは全国8ヵ所14公演という、結婚後としてはもっとも大規模なコンサート・ツアーも予定されている。それを記念して4月には前述した通り近年のライヴ音源を収録したボーナス・ディスク付きの2枚組『Precious Days〜souvenir edition』もリリースされる。
最新アルバム『Precious Days』のラストを飾っていたのは、かつて日本でも放送されていたテレビ音楽番組『アンディ・ウィリアムス・ショー』のエンディング・テーマとして歌われていた佳曲「May Each Day」のカヴァーだった。まりやさんが英語で歌うその歌詞の内容は、1週間のうちの毎日がそれぞれいい日でありますように、ひと月のうちの毎日がいい日でありますように、週が月となり、月が年となり、そこには悲しみも喜びも笑いも涙もあるけれど、ただひとつ私が神さまに祈るのは、あなたの毎日が愛にあふれた素敵な日でありますように、ということだけ…。
思えば、竹内まりやがデビュー以来これまで届け続けてくれた世界観は、この「May Each Day」の歌詞とすべて重なる気がする。日々のふとした瞬間に潜むなんでもないような光景や出来事の中に、しかし実はいろいろなメッセージがあって。それによって毎日がスペシャルな、プレシャスな、かけがえのないものになる、と。「May Each Day」のカヴァーは、そんなまりやさんによる素敵なルーツ表明だったのではないか。そして、そんなさりげない思いこそが、誰にもひとことで説明できないまりやさんの多彩さ、多様さを、根底でひとつにつなぐ大切なコンセプトなのではないか。そんな気がする。
デビュー45周年を超えた今なお、竹内まりやは何ひとつ変わらず、ブレることもなく、私たちにエヴァーグリーンな魅力を届け続けてくれている。
2025年2月 能地祐子
-
TRACK LIST19781978年作品
BVJL 110Disc1BEGINNING -
TRACK LIST19791979年作品
BVJL 111Disc2UNIVERSITY STREET -
TRACK LIST19801980年作品
BVJL 112Disc3LOVE SONGS -
TRACK LIST19801980年作品
BVJL 113Disc4Miss M -
TRACK LIST19811981年作品
BVJL 114Disc5Portrait -
TRACK LIST20252025年作品
BVJL 115Disc6Special Bonus Disc
SPECIAL 店舗特典
-
タワーレコード渋谷店限定ショッパー
-
タワーレコードホログラムステッカー (サイズ:5.5cm×5.5cm)
-
Amazonメガジャケ
-
応援店 (Amazon以外の販売店)BOX表1絵柄ポストカード
- ※"応援店"の対象店舗につきましてはご予約/ご購入時に販売店にお問い合わせください。
- ※特典は数に限りがありますので、無くなり次第終了となります。あらかじめご了承ください。
- ※上記店舗以外での配布はございません。ご了承ください。
- ※各オンラインサイトにて商品カートが公開されるまでに時間がかかる場合がございますので、予めご了承ください。
- ※Amazon.co.jp、楽天ブックス、その他一部オンラインショップでは”特典対象商品カート”と ”特典非対象商品カート”がございます。
ご予約の際にご希望される商品ページかをご確認いただいてからご予約いただきますよう、お願い申し上げます。